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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)11810号 判決

原告

植倉亜戸

被告

興亜火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告興亜火災海上保険株式会社は、原告に対し、金七〇六万二五〇〇円及びこれに対する平成九年一二月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社は、原告に対し、金六四四万九三〇〇円及びこれに対する平成九年一二月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告運転の普通貨物車が路上に放置されていた道路工事用の油圧ショベルカーに衝突し、原告が負傷した事故(以下「本件事故」という。)につき、原告が、各被告に対し、各被告と原告の父である植倉啓允間の各保険契約に基づき、保険金の請求をした事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認定しうる事実も含む)

1  被告らの地位

被告らは、いずれも損害保険事業を目的とする会社である。

2  保険契約の締結

(一) 被告興亜火災海上保険株式会社

原告の父である植倉啓允は、被告興亜火災海上保険株式会社(以下「被告興亜」という。)との間で、本件事故日を保険期間内とする交通傷害保険契約(以下「本件交通傷害保険契約」という。)を締結した。

右契約では、加入者の外、その配偶者及び生計をともにする同居の親族も被保険者として保険金が支払われることとなっており、原告は加入者の二女で、加入者と生計をともにする同居の親族であるから、右契約の被保険者である。

右契約では、原告が交通事故によって傷害を受けた場合、一八〇日を限度として、

(1) 入院一日につき、入院保険金九九九〇円

(2) 通院一日につき、通院保険金二七八〇円

(3) 入院し、所定の手術を受けたとき、手術の種類に応じて入院保険金日額の一〇倍、二〇倍または四〇倍の額

(4) 後遺障害が生じたとき、障害の限度に応じて死亡保険金一五五〇万円の三ないし一〇〇パーセントの範囲内の額が、それぞれ原告に支払われることになっていた。

(二) 被告住友海上火災保険株式会社

原告の父である植倉啓允は、被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告住友」という。)との間で、本件事故日を保険期間内とする普通傷害保険契約(以下「本件普通傷害保険契約」という。)を締結した。

右契約では、加入者の外、その配偶者及び生計をともにする同居の親族も被保険者として保険金が支払われることとなっており、原告は加入者の二女で、加入者と生計をともにする同居の親族であるから、右契約の被保険者である。

右契約では、原告が交通事故によって傷害を受けた場合、一八〇日を限度として、

(1) 入院一日につき、入院保険金一万一七五〇円

(2) 通院一日につき、通院保険金五三四〇円

(3) 入院し、所定の手術を受けたとき、手術の種類に応じて入院保険金日額の一〇倍、二〇倍または四〇倍の額

(4) 後遺障害が生じたとき、障害の限度に応じて死亡保険金一二六二万八〇〇〇円の三ないし一〇〇パーセントの範囲内の額が、それぞれ原告に支払われることになっていた。

3  事故の発生

原告は、平成八年六月一九日午前一時五五分頃、奈良県天理市九条町二九八番地の一先路上において、普通貨物車を運転中、路上に放置されていた道路工事用の油圧ショベルカーに衝突し、さらに、その直後、後続車に追突状に衝突された。

4  原告の傷害及び治療経過

(一) 原告は、本件事故の結果、頭部外傷Ⅱ型、左下腿挫創、左下腿骨々折(開放性)、右大腿裂創、胸腹部打撲、骨盤骨折、腹腔内臓器損傷(疑)の傷害を負い、次のとおり、入・通院治療を受けた(甲五1ないし3)。

(1) 郡山青藍病院

平成八年六月一九日から同年六月二一日(入院三日)

(2) 県立奈良病院救命救急センター

平成八年六月二一日から同年九月二日(入院七四日)

(3) 平井病院

平成八年九月二日から同年一〇月二六日(入院五五日)

平成九年四月七日から同年四月二六日(入院二〇日)

平成八年一〇月二七日から平成九年八月三一日(通院・内実日数二三日)

(二) 右治療期間中、原告は四回手術を受けており、その内容は次のとおりである(甲五1ないし3)。

(1) 平成八年六月二五日 観血的整復固定術(骨盤)

(2) 平成八年七月九日 左足関節植皮術

(3) 平成八年八月二七日 右殿部二次縫合術

(4) 平成九年四月八日 左足関節固定術

(三) 原告の後遺障害としては、骨盤骨折については現在も治療中であり未定であるが、左足関節については、平成九年五月二三日付身体障害者診断書・意見書で症状固定(症状固定時期平成九年四月八日)と診断され、左足関節機能障害(左足関節固定)により、奈良県から平成九年六月一六日付で身体障害者「肢体不自由・左足関節機能障害、五級」に認定された(甲六、七)。

5  保険金額

被告らによる免責の主張が認められない場合、原告が本件交通傷害保険契約、本件普通傷害保険契約に基づき、被告らに請求しうる保険金は次のとおりである(前記争いのない事実、甲八、九、弁論の全趣旨)。

(一) 被告興亜分 合計七〇六万二五〇〇円

(1) 入院保険金 一二九万八七〇〇円

(計算式) 9,990×130=1,298,700

(2) 通院保険金 一三万九〇〇〇円

本件保険契約による保険金の支払は、受傷日より一八〇日を限度としているため、一八〇日から入院日数一三〇日を減ずると、対象日数は五〇日となる。

(計算式) 2,780×50=139,000

(3) 手術保険金 一九万九八〇〇円

原告は、四回の手術を受けているが、本件保険契約では、一事故で二回以上の手術を受けた場合、そのうち一回に限り、最も高い倍率を適用することになっているから、原告の場合、骨盤観血手術(二〇倍)がその対象である。

(計算式) 9,990×20=199,800

(4) 後遺障害保険金 五四二万五〇〇〇円

原告の後遺障害は、左足関節固定による機能障害であり、死亡保険金の三五パーセントが支払対象である。

(計算式) 15,500,000×0.35=5,425,000

(二) 被告住友分 合計六四四万九三〇〇円

(1) 入院保険金 一五二万七五〇〇円

(計算式) 11,750×130=1,527,500

(2) 通院保険金 二六万七〇〇〇円

本件保険契約による保険金の支払は、受傷日より一八〇日を限度としているため、一八〇日から入院日数一三〇日を減ずると、対象日数は五〇日となる。

(計算式) 5,340×50=267,000

(3) 手術保険金 二三万五〇〇〇円

原告は、四回の手術を受けているが、本件保険契約では、一事故で二回以上の手術を受けた場合、そのうち一回に限り、最も高い倍率を適用することになっているから、原告の場合、骨盤観血手術(二〇倍)がその対象である。

(計算式) 11,750×20=235,000

(4) 後遺障害保険金 四四一万九八〇〇円

原告の後遺障害は、左足関節固定による機能障害であり、死亡保険金の三五パーセントが支払対象である。

(計算式) 12,628,000×0.35=4,419,800

二  争点

1  飲酒免責

(被告興亜の主張)

本件事故は、原告が、酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転している間に生じた事故であるので、約款五条一項四号に該当し、被告興亜は免責される。

(被告住友の主張)

本件事故は、原告が、酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転している間に生じた事故であるので、約款六条一項四号に該当し、被告住友は免責される。

(原告の主張)

単なる酒気帯び運転であれば、免責事由には該当しない。また、飲酒量と酒酔いの関係には個人差があるところ、原告はアルコール類に非常に強い体質であり、ビール大瓶一ケース(二〇本)を飲んでも、酒酔状態にならないのである。本件事故は、原告の飲酒に起因するものではなく、夜間道路上に工事用油圧ショベルカーが放置されていたことと原告が助手席の友人と雑談に夢中になって脇見運転していたことが原因となったものである。

2  不実報告免責

(被告興亜の主張)

原告は、本件保険契約を含んだ警察共済組合団体傷害保険の制度幹事会社である被告住友への事故報告及び事故状況聞き取りにおいて、飲酒の事実があったにもかかわらず、これがなかったように秘匿した上、飲酒を疑わせる立ち寄り先である居酒屋に滞在した事実もことさら省略したものであるので、約款二四条三項により、被告興亜は免責される。

(被告住友の主張)

原告は、被告住友への事故報告及び事故状況聞き取りにおいて、飲酒の事実があったにもかかわらず、これがなかったように秘匿した上、飲酒を疑わせる立ち寄り先である居酒屋に滞在した事実もことさら省略したものであるので、約款二五条三項により、被告住友は免責される。

(原告の主張)

原告は、「運行経緯確認書」の飲酒質問欄の回答については、単なる酒気帯び運転の場合は免責対象とならないことから、記載すべきかどうか判断できなかったため、白紙で提出したものである。原告に秘匿意思があるならば、「飲酒していない」の項目に○印をして提出するはずである。被告らとしては、なぜ白紙になっているのかと直ちに疑問を持つのが当然であり、刑事確定記録を取り寄せて調査するなどの方法をもって容易に確認することが可能である。原告は、決して秘匿したものではないから、被告らの主張は失当である。また、「運行経緯確認書」は、原告の父である植倉啓允が、平成八年一二月に至って原告から事情を聴取し、これをもとに植倉啓允の手によって作成されたものであるところ、同人は警察官であったため、原告は自分の飲酒運転の事実を告げると父から叱責されると思い、居酒屋へ立ち寄ったことを秘匿した結果、父において右事実を知る由もなく、右事実を脱落した「運行経緯確認書」を送付してしまったにすぎない。

3  通知義務違反免責

(被告興亜の主張)

原告の被告興亜に対する事故報告は、本件事故から一年三か月以上経過した平成九年一〇月一日であるので、約款二四条一項に定める通知義務違反は明らかであり、同条三項により、被告興亜は免責される。

(原告の主張)

本件契約は、被告興亜と被告住友へ同時加入した団体契約であり、「被保険者証」も一通となっていることから、いずれか一方の幹事会社へ事故報告すれば足りる。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について

1  前記争いのない事実、証拠(甲四、乙二1ないし5、9ないし13、丙二、証人吉田剛、同川奥つねこ、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、奈良県天理市九条町二九八番地の一先にある南北に通ずる道路(以下「本件道路」という。)上であり、その付近の概況は別紙図面のとおりである。本件道路は、幅員約五・一メートルの直線路であり、制限速度は時速四〇キロメートルに規制されており、見通しは良好である。本件事故当時、道路工事用の油圧ショベルカー(以下「本件ショベルカー」という。)が同図面〈A〉地点付近に停車していた(なお、同図面〈A〉地点は本件ショベルカーが本件事故による衝突の衝撃で移動した後の地点を示すものであるが、右移動量は大きいものではなく、本件ショベルカーは本件事故前にも同地点付近に存したものである。)。その結果、本件道路のうち、通行可能な幅員は約三メートル程度になっていた。本件ショベルカーは、乗用車のライトを下向きにして照射しても、その手前約八〇メートルで視認することができる状況であった。本件事故現場の南方には、工事区間であることを示す看板が立てられており、本件道路の東側にある仮設道路には赤色に点灯する案内灯のつけられたロープが張られていた。

原告は、吉田剛、勝水利光、川奥つねこ及び北森龍矢とともに、本件事故日の前日である平成八年六月一八日午後九時三〇分頃から午後一一時頃まで奈良県桜井市内の居酒屋「贔屓屋」においてビール中ジョッキを飲み、さらに同市内のカラオケボックスで同日午後一一時三〇分頃から翌一九日午前一時頃までにビール中ジョッキを飲んだ。右二ケ所における原告の飲酒量は、少なくともビール中ジョッキ八杯に及んだ(被告らは、その外原告は日本酒二合を飲んだはずであると主張するが、これを認定するに十分な証拠はない。)。

原告らは、帰宅するため、原告の運転する車両と川奥つねこの運転する車両とに分乗し、原告車両を先頭にして平成八年六月一九日午前一時頃カラオケボックスを後にした。原告は、同日午前一時五五分頃、ライトを上向きにして原告車両を運転して本件道路を南から北に向けて時速約六〇キロメートルで走行していたところ、本件ショベルカーを前方約六・二メートルに発見し、左ハンドルを切ってこれを避けようとしたが間に合わず、これに衝突し、その後さらに後続の川奥車両に衝突された。原告は、本件ショベルカーと衝突した衝撃で原告車両から投げ出され、付近の田圃の中に転落した。

本件事故後、原告の血液についてガスクロマトグラフ分析が実施されたところ、一・〇ミリグラム/ミリリットルのアルコールが検出された。原告の視力は、一・〇であった。血液中のアルコール濃度が〇・五ミリグラム/ミリリットルのときの反応時間は、正常(無アルコール)時の二倍になり、一・〇ミリグラム/ミリリットルのときの反応時間は、正常(無アルコール)時の四倍になる。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実、とりわけ原告には甚だしい前方不注視があること、原告の血液について一・〇ミリグラム/ミリリットルのアルコールが検出されたことにかんがみれば、本件事故は、原告が酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転している間に生じた事故であると認められる。この点、原告は、〈1〉アルコール類に非常に強い体質であり、ビール大瓶一ケース(二〇本)を飲んでも、酒酔状態にならないし、〈2〉本件事故は、原告の飲酒に起因するものではなく、夜間道路上に本件ショベルカーが放置されていたことと原告が助手席の友人と雑談に夢中になって脇見運転していたことが原因となったものであると主張する。しかしながら、原告の前方不注視の程度は甚だしいものといわざるを得ないこと、原告の血中アルコール濃度は酒気帯び運転の下限の二倍に達することに照らすと、原告の右〈1〉の主張を容れることはできないし、また、原告の普段の運転は脇見運転をして危険を感じさせるものではないこと(証人吉田剛)、これに対し、本件における原告の前方不注視の程度は著しいものであることに照らすと、原告の右〈2〉の主張を採ることもできない。

3  証拠(乙一)及び弁論の全趣旨によれば、本件交通傷害保険契約及び本件普通傷害保険契約については、そのいずれに関する約款においても、被保険者が、酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転している間に生じた事故によって生じた傷害につき、保険会社は保険金を支払わない旨の条項があると認められる。

4  以上によれば、被告らは、本件事故によって原告に生じた傷害について保険金の支払を免責されることになる。

よって、原告の被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面 交通事故現場見取図

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